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【研究関連】量子情報理論入門:この世界は素粒子が踊っているだけなのか?(未完成)


Komnenaの専門分野である 量子力学・量子情報理論の基礎を解説します。 (詳細な数学的解説は mathlog にて公開予定です。)



量子力学とは: 見えない世界のルール

量子力学は、物質の最小単位である素粒子の振る舞いを記述する理論です。古典物理学では説明できなかった現象を説明し、科学の発展に多大な貢献をしてきました。しかし、量子力学には直感的に理解しにくい性質が多く含まれており、その解釈や哲学的な意義を巡る議論が今なお続いています。


量子情報理論とは: 量子力学を情報理論に応用する

量子情報理論は、量子力学の原理を情報理論に応用することで、新たな情報処理技術や暗号技術の開発を目指す分野です。量子ビット(qubit)という量子情報の基本単位を用いることで、古典情報理論では不可能だった高速計算や高度な通信技術を可能にします。

量子ビットとその可能性

量子ビットは、「0」と「1」の重ね合わせや量子もつれを利用し、並列的な計算能力を発揮します。この特性により、従来のコンピュータでは膨大な時間を要する問題(例えば因数分解や最適化問題)を効率的に解くことが期待されています。


量子論がもたらした数々の哲学的な問い

1. ベルの不等式と量子力学の哲学的問い

ベルの不等式は、量子力学が古典物理学とは異なる世界観を持つことを示す象徴的な概念です。この不等式が示すのは、「実在性」「局所性」「自由意志」のいずれかが成立しない可能性です。

  • 実在性: 観測される前から物理量が既に決まっているという考え。
  • 局所性: 光速を超える影響は存在しないという原則。
  • 自由意志(測定独立性): 測定者の選択が測定対象に影響を与えないという仮定。

実験的にはベルの不等式が破られることが確認され、これらの仮定のいずれかが否定されています。この結果が示唆するのは次の問いです:

  • 「月は見ていない時に存在するのか?」という実在性への挑戦。
  • 量子もつれの相関は「非局所的」なのか?それとも因果律そのものが再定義されるべきなのか?
  • 自由意志は存在するのか?そもそも自由意志とは何か?

ベルの不等式に関連する研究は、2022年のノーベル物理学賞でも評価され、「科学史上最も深遠な成果」と評されています。


2. ウィグナーの友人パラドックスと観測問題

量子力学の観測問題を深掘りする例として、ウィグナーの友人パラドックスがあります。これはシュレーディンガーの猫の問題を発展させたもので、次の問いを投げかけます:

  1. 観測者A(友人)は量子状態を観測し、結果を得る。
  2. 観測者B(ウィグナー)は、その友人を含む全体を量子系として扱う。

この状況では、観測者Aが得た結果が確定しているのか、それともBの視点では依然として重ね合わせ状態にあるのかが議論されます。このパラドックスは、「観測とは何か?」「観測者とは何者か?」という問いを再考する契機となります。

客観性や実在性といった物理学の根幹を揺るがす問いを、量子力学は私たちに突きつけています。


量子力学の課題: 数学の公理からスタートする「未完成の理論」

量子力学の特徴の一つは、他の物理学とは異なり、数学の公理体系からスタートしている点です。このアプローチには理論の整合性を確保する利点がありますが、同時に次の課題を抱えています:

  1. 公理の検証不可能性
    波動関数やシュレーディンガー方程式といった基礎的な公理は、実験的に直接検証することができません。このため、量子力学は「未完成の理論」とも言われています。

  2. コペンハーゲン解釈への批判
    量子力学の標準的解釈であるコペンハーゲン解釈は、「黙って計算しろ(shut up and calculate)」と揶揄されます。背景にある哲学的問いを深く掘り下げないまま、計算の実用性に集中しているためです。


課題へのアプローチ: 情報因果律と一般確率論(GPT)

近年では、量子力学の課題に対処するための新しい視点が提案されています。

情報因果律を用いた解釈

情報因果律は、量子力学における観測者や因果関係の定義を見直すことで、理論の整合性を高めようとする試みです。このアプローチは、量子力学の哲学的な問いに実用的な解答を提供する可能性があります。

一般確率論(GPT)の枠組み

量子力学は、古典物理学を超えた一般確率論(General Probabilistic Theory: GPT)の一例として捉えることができます。この理論枠組みは、量子力学を含む多様な確率的現象を統一的に説明するものです。


量子力学がもたらした功績と哲学的意義

量子力学は、科学技術に大きな影響を与えただけでなく、哲学的な問いを再び人類に突きつけました。「観測者とは何か?」「自由意志は存在するのか?」といった古代からの問いを、科学的視点で再考する道筋を示したのです。

量子情報理論やGPTの進展により、量子力学の基礎に新たな光が当たりつつあります。これからもこの分野を深く探求し、未解明の問いに答える手がかりを見つけていくことが、私たち研究者の使命です。